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アルメニア

アルメニア国旗アルメニアは、ジョージア(グルジア)と並び、世界で最初にキリスト教を国教とした国です。そのため多くの教会や修道院があるとともに、歴史の中で育まれてきた多様な文化など、様々な景観を目にできます。ノアの箱舟が降りたとされるアララト山は、アルメニアにとって、日本の富士山のようなシンボル的な存在です。そしおて、日本と同じように地震も多い国です。国を離れ外国で生活しているディアスポラが多いことでも知られており、有名なシャンソン歌手のシャルル・アズナヴールもアルメニア系の人です。

アルメニア共和国(現地名:ハヤスタン)基本情報 | アルメニアを含むツアー例はこちら

面積 29,800平方Km(関東地方から東京を抜かしたくらい)※面積は外務省データによります。
人口 300万人
首都 エレバン(人口約110万人)
時差 日本より5時間遅れ(サマータイムなし)
言語 アルメニア語。独自の文字を持っている。他にはロシア語の通用度が高い
宗教 主にアルメニア正教。他にはロシア正教・イスラム教・ユダヤ教など
ビザ 観光目的での入国でもビザが必要。陸路越境時に取得可能(3000ドラムまたは10米ドル)。旅券残存は査証申請時6ヶ月以上が望ましい。
気候 国土の90%以上が標高1,000m以上で、低地はステップ気候、高地は亜寒帯湿潤気候。四季があり、気温の変化も大きい。
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みどころ(観光地情報)|★=世界遺産|写真はクリックで拡大します

エレバン Yerevan

エレバンエレバン パラジャーノフ町の歴史は紀元前8世紀にまで遡り、ムスリム系住民が多かったものの、19世紀に帝政ロシアは、国境地帯に敵性民族が住むのを好まず、この地にアルメニア人の移住を奨励。その後、旧ソ連による都市計画のもと、現在の近代的なエレバンの街並みが形作られました。1679年の大地震により多くの建造物が倒壊しましたが、歴史を感じさせる重要な建造物や、映画監督のパラジャーノフ博物館、音楽家のハチャトゥリアン記念館、アルメニア人虐殺博物館、世界有数の蔵書を誇り価値の高いマテナダラン古文書館など数々の見どころがあります。郊外には、エチミアジン大聖堂、リプシマ教会、ズヴァルトノツ古代遺跡の3つのユネスコ遺産があります。

エチミアジン Echimiadzin ★

エチミアジンアルメニア使徒教会の総本山として知られるアルメニア最古の大聖堂で、301~3年に基礎部分が築かれ、その後7,17,18世紀と増築が繰り返されてきました。伝説によると、聖グレゴリウスが、イエス・キリストが地上に降り金のハンマーで地面を打つと、そこが割れて教会が現れるという夢を見たため、この地への教会建設へと繋がったそうです。ここにはノアの箱舟の木片や、キリストの脇腹を刺したといわれる「ロンギヌスの槍」といった聖遺物があるほか、祭礼に使用される十字架などを集めた宝物館もあります。大聖堂にはカトリックの法王庁に相当する大司教座が置かれ、神学校なども併設されています。また、敷地内に並べられたハチュカル(十字架の碑)も必見です。 周辺の3つの教会とズヴァルトノツにある考古遺跡とエチミアジン大聖堂はまとめて、2000年にユネスコの世界遺産として登録されました。

アララト山 Ararat

アララトアララト標高約5,137m、ノアの箱舟が大洪水の後で流れ着いたとされることで有名なアララト山は、古くからアルメニア人の多く居住してきた地域の中心にあたり、アルメニア民族のシンボルとされてきました。しかし第一次世界大戦中の強制移住によりトルコ領内からはほとんどアルメニア人はいなくなってしまい(アルメニア人虐殺)アララト山はトルコ領となるも、1991年のソ連解体によって独立したアルメニア共和国は、トルコと旧ソ連によって引かれた国境を承認しておらず、トルコとの間で対立が続いているため、アルメニア-トルコ国境は今でも閉鎖されています。そのため、アクセスはトルコ側からとなります。 エレバン市街にはコニャック工場アララトがあり、見学・試飲ができます。

ガルニ神殿 Garni ★

ガルニアザト川上流の見晴らしの良い丘の上にあり、アルメニアに残る唯一のヘレニズム建造物です。太陽神ミトラの神殿で、紀元前1世紀にアルサケス朝ミトリダス1世王により建てられました。ローマの間接的支配下にあったため、ギリシャ、ローマ文明の影響を受けつつ、アルメニアの建築様式で建てられています。この地は王の夏の離宮でもあったため浴場もあり、当時のタイルが残されています。17世紀の地震で倒壊するも1970年代に再建され現在に至っています。ガルニ神殿は、近隣のゲガルド修道院とともに、2000年にユネスコの世界遺産に登録されてました。

ゲガルド修道院  Geghard ★

ゲガルドゲガルドガルニ神殿から車で約20分ほどのところにある、一枚岩をくり貫いて作られた岩窟修道院です。キリストの脇腹を突いたロンギヌスの槍の一部がここで発見されたことに因み、槍を意味する「ギガルド」の名が冠せられました。その歴史は古く、初期キリスト教時代にはすでに創設されていたと言われており、今日残っている中央聖堂は、13世紀に建設されたもので、天井には、イスラム建築のムカルナスの影響ともられる鍾乳石装飾が施され、僧院や礼拝堂、食堂などは聖堂の北側の洞窟に設けられていました。また、周辺にはあちこちに洞窟があることからアイリヴァンク(洞窟修道院)とも呼ばれ、修道士たちはそこで禁欲的な生活を送っていたと言われています。ゲガルド修道院とアザト川上流域は、2000年にユネスコの世界遺産に登録されました。

タテヴ修道院 Tatev

タテヴタテヴ「アルメニアで最も美しい」と称されるタテヴ修道院は9世紀に建造され、宗教施設として主教座が置かれるだけではなく、科学、宗教、哲学などの教育を行う、中世アルメニアにおいて重要な教育施設としても知られ、最盛期には600人もの修道士が暮らしていたとされます。南部の街ゴリスから車で約1時間ほどの山奥にあり、今日では2013年に開通したギネス認定の世界最長(5,752m)のロープウェイで行くことができ、深い渓谷の上を渡るロープウェイからは、周囲の素晴らしい景色も眺めることができます。

ノラヴァンク修道院 Noravank

ノラヴァンクイランとの国境に程近いアマグー渓谷の東3キロの場所にある、12~14世紀にかけて建造された修道院で、修道院の周囲には壁が築かれ、その内側には3つの教会があります。修道院の中央にある聖カラペト教会の向かいには、巨大なガヴィト(回廊)と霊廟を兼ねた聖アストヴァツァツィン教会があり、壁の外側にも霊廟を兼ねた小さな教会が2つあります。「新しい修道院」という意味を持つこのノラヴァンク修道院は、アルメニア最高の建築家シラネスと史上最高の建築彫刻家モミクによって建造されたことから、「アルメニアの至宝」とも称され、人物の彫刻はまるで生きているようです。また伝説によると、この修道院はキリストの聖血のついた聖なる十字架を収蔵しているといわれています。

セヴァン湖 Lake Sevan

セヴァンエレバンから北東に約60km、海抜1,925mのところにあるセヴァン湖は、コーカサス地方最高所にある湖で、表面積は1,360平方km(琵琶湖の約2倍)、アルメニアの国土の約5%を占めます。湖畔には9世紀に建てられたセヴァン修道院や、ハチュカルの立ち並ぶ光景が見られます。

アラヴェルディ・ハフパット修道院・サナヒン修道院・オズン修道院 Alaverdi, Haghpat, Sanahin ★

ハフパットデベド渓谷沿いの鉱山の町アラベルディ。周辺には、アルメニア史上において、最も美しく壮麗な修道院の一つに数えられている、聖ニシャンによって10世紀に創設されたハフパット修道院があります。アルメニア国内にある聖十字架の中でも、ここハフパットのメナプルチキという聖十字架が最も有名で、「ウラルトゥ王国ハフパットの聖十字架」とも呼ばれるこの修道院には、最盛期に500人ほどの学僧が集まっており、近くにあるサナイン修道院とともに、アルメニア教会の中心的な役割を果たしたこの修道院は、1996年にユネスコの世界遺産に登録されました。
サナヒンミコヤンアラベルディは旧ソ連の戦闘機ミグの生みの親アルチョーム・ミコヤンの出身地で、サナヒン修道院の近くにはミコヤン博物館があります。

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アルメニアを含むツアー例

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