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クロアチア

バルカン半島西側・アドリア海を挟んでイタリアの向かいに位置しており、「く」の字を回転させたような国土をしています。海岸沿いの町には文化的にも食事面でもどこかイタリア的な雰囲気が漂います。「アドリア海の真珠」と称されるドブロブニク、宮崎駿監督の映画「紅の豚」のモデルといわれる街があるのも、このクロアチアです。しかし内陸部に目を向けると、プリトヴィツェ湖群国立公園に代表されるような豊かな自然も併せ持っています。このドブロブニクやプリトヴィツェ他、クロアチアには計7つの世界遺産があります。 1992年にはユーゴスラヴィアから独立を果たし、2013年7月1日、EUに28番目の加盟国として加盟しました。

クロアチア共和国 基本情報 | クロアチアを含むツアー例はこちら

面積56,594平方Km(九州の約1.5倍)
人口444万人
首都ザグレブ(約28万人)
時差日本より8時間遅れ(サマータイム時は7時間)
言語クロアチア語
宗教カトリックがほとんど。他にはセルビア正教など
ビザ観光・商用目的で180日の期間中に合計90日以内の滞在ならビザ不要。旅券残存期間は6ヶ月以上
気候内陸部は大陸性気候、沿岸部は地中海性気候。旅行のベストシーズンは5~9月
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みどころ(観光地情報)|★=世界遺産|写真はクリックで拡大します

ザグレブ

ザグレブの歴史は中世に遡り、宗教都市カプトル、商業都市グラデツが合併してザグレブとなりました。
街の南にあるザグレブ中央駅からバン・ヨシップ・イェラチッチ広場(共和国広場)までの間は、碁盤の目状に広がる新市街で、創立300年以上のザグレブ大学、主要官庁などのネオクラシック調の建物とユーゴスラビア時代の建物、新しい高層ビルが混然としています。
共和国広場から坂を上がると(世界一短距離のケーブルカーあり)大聖堂、サン・マルコ教会があり、旧市街となります。中世の町並みがよく残っており、徒歩観光に最適です。

クムロヴェッツ

スロベニア国境近く・ストラ川沿いの小さな村で、旧ユーゴスラヴィア大統領チトーが生まれた村として有名です。1860年建築の彼の生家は、1953年からは博物館となっています。
クムロヴェツは村全体が民俗村として野外博物館になっており、19世紀末から20世紀初めの18の家屋がそのまま残されています。この地方の結婚式や新婚家庭の様子、繊維加工、蹄鉄 制作、陶器、パン作りなど、当時の村の生活様式を見ることができます。

ブコヴァル

ザグレブから東へ約300km、国境の町でドナウ川の対岸はセルビアです。ドナウ川とヴゥカ川の合流地点にあり、河港として栄えていましたが、旧ユーゴスラビアの紛争時の1991年8月25日から11月18日の87日間の激しい戦火により、街は徹底的に破壊され壊滅状態となり、サラエボと並ぶ最悪の激戦地となってしまいました。住民の犠牲1,000人以上、5,000人以上が強制収容所に入れられた他、多くの行方不明者や難民が出て、ヨーロッパでは第二次世界大戦以来最悪の出来事でもありました。無数の弾痕の残る貯水塔は、この出来事を忘れないため、都市計画により保存されています。 攻撃を受けた病院の地下には博物館が開館し、フランシスコ会修道院も今ではきれいに修復されていますが、一部は荒れたままにしてあります。このヴコヴァルでの戦いを映画化したものに、「ブコバルに手紙は届かない」があります。

プリトヴィッツェ湖群国立公園★

山間から流れ落ちる川が、滝で結ばれる16の階段状の湖を作り、1979年にユネスコの世界遺産に登録されました。上流と下流の湖群があり、一番大きな滝は下流のプリトヴィツェ川から落ちる大滝(78m)で、最下流の湖からコラナ川に流れ出しています。湖群の水の色は含まれるミネラルや有機物の量、陽の具合などによって紺碧、紺青、灰色など、様々な色にみえます。

リエカ、オパティヤ、フム

ともにクロアチア西部のイストラ(イストリア)半島東部にある街です。クロアチア最大の貿易港リエカは、15世紀からハプスブルク家の支配に入ります。海のないオーストリアの貿易港として発展しました。街のシンボルの時計塔もハプスブルグ家の象徴的な黄色です。この街には100クーナ札の裏に載っている聖ヴィート大聖堂があります。 オパティヤはクヴァルネル湾に面しイストリア半島東岸の町オパティヤ(Opatija)は、クロアチアを代表するリゾート地のひとつ. フムは人口23人、丘の上に立つ世界一小さな町です。 1102年に築かれる。ギネスブックにも載っている世界で一番小さな街フム.街の条件は教会と集会場があることだそうです。 ゆっくり歩いても10分で廻れてしまいます。

プーラ

広い湾の内側にあり天然の良港となっているイストラ半島最大の都市で、7つの丘に囲まれています。古代ローマ時代から歴史と文化が混じり合う行政の中心地であった為、旧市街には中世とルネサンス期の建物が並び、そして未だローマ時代の敷石が敷かれています。最も有名な建築物は紀元1世紀建造のコロッセウム(円形劇場)で、世界で6番目に大きいとされています。

ポレチュ ★エウフラシウス聖堂の司教建造物群

古代ローマ時代に建設された港町で、以降さまざまな国家の支配を受けました。歴史地区にあるエウフラシウス聖堂建築群の建設は4世紀に始まり、6世紀半ば、聖堂は三つの後陣をもつ三廊式に改築されました。最も有名な点はモザイクで、中央後陣に描かれた幼児のキリストを抱く聖母マリアは、世界でも優れたビザンティン芸術・モザイク美術と言われています。付随する正方形の中庭や八角形の洗礼堂、司教の館、記念礼拝堂の建物は初期キリスト教建築とビザンティン建築の融合を示しており、初期キリスト教大聖堂複合建築群が最も完全に保存されていることに大きな価値があります。1997年には世界遺産に登録されました。

クルカ国立公園

シベニク ★聖ヤコブ大聖堂

クロアチア南部ダルマチア地方の中央、クルカ川がアドリア海に流れ込む場所にある歴史のある町です。2000年にユネスコの世界遺産に登録された聖ヤコブ大聖堂は、レンガや木の補助を全く使わず建てられた石造建築の教会としては、世界で一番大きいものです。教会の建造は1402年に始まり、1555年に献堂されたと記録されており、ゴシック様式とルネサンス様式の両方を兼ね備えたつくりになっています。教会のドームは、ユーゴスラビア人民軍の支援を受けたセルビア人部隊による1991年9月のシベニク砲撃の間に大規模に破壊されましたが、外観は速やかにほとんど損傷のない状態に修復されています。

トロギール★

トロギールは、スプリットの西方約27km、クロアチア本土とチオヴォ島の間の小さな島にある古都です。古代ギリシャ、古代ローマ、ヴェネツィア共和国など長い被支配の歴史の中で、中欧でももっとも保存状態のよいロマネスク=ゴシック建築群をはじめ、ゴシック、ルネサンス、バロックといったさまざまな時代の建物が保存されています。旧市街は城壁で囲まれ、城、塔、住居、宮殿などが残り、聖ラウレンティウス教会はトロギール最大の建築物であると同時に、クロアチア国内でもっとも顕著なロマネスク=ゴシック様式の建築です。1997年、街は世界遺産に登録されました。

スプリット ★ディオクレティアヌス宮殿など歴史的建造物

クロアチア南部ダルマチア地方最大の都市です。295~305年に、ディオクレティアヌス宮殿を造営されたことが都市の起源となったとされており、1979年、この宮殿を含む歴史地区は、世界遺産に登録されました。ユーゴスラビア時代の1945~1990年の間、街は半島全体を市域に含めるほどに拡大し、GDPと雇用率は現在より遙かに高く、ユーゴ最大の旅客および軍港でした。

フヴァル島 ★スタリー・グラード平原

スプリットの沖合にある東西の長さ約80kmの島で、紀元前4世紀頃からの古い歴史があります。日照時間の長さから「ヨーロッパ一日光のあたる場所」として観光が主産業ですが、別名「ラベンダーの島」といわれるほどその栽培も盛んです。島の北西部にあるスタリー・グラードは、アドリア海の島々の中でも最古の集落の一つで、2008年に世界遺産に登録されました。

コルチュラ島

ドブロブニクからフェリーで約6時間、東西に46.8km、南北に平均7.8kmと細長い島で、アドリア海に浮かぶ大小725の島々のうち第6位の面積(約279平方km)です。有史以前より人が住んでいたとされ、まだ未発掘の遺跡が島じゅうに多く点在しているといわれています。
旧市街のメイン通りは全長200mにも満たずこじんまりとしていながらも、歴史ある建物が立ち並んでいます。『東方見聞録』の作者である旅行家マルコ・ポーロの生誕地といわれ、彼の生家であるとされている「マルコポーロの塔」には、彼に関する資料も展示されています。

ドブロブニク★

「アドリア海の真珠」ドブロブニクは、クロアチア随一の観光地で、国の最南端の飛び地にあります。街の起源は、ローマ帝国時代またはそれ以前ともいわれ、もともと小島だったところに7世紀に戦争に追われたローマ人が移り住み、ラグーザと呼ぶ要塞都市を造り上げました。 13世紀以降に地中海貿易の拠点として栄え、アドリア海東側では唯一のライバルはヴェネチア共和国だけというほどで、この地の支配国が次々と変わる中でも、都市国家としての自治と自由の精神のもと、その強固な城壁と巧みな外交・富により独立を保ちました。要塞の入り口には「世界中の黄金をもってしても自由は売らず」という街の精神が刻まれています。

1991年6月25日、クロアチアがユーゴスラビアからの独立を宣言すると、ドブロブニクはユーゴスラビア連邦軍勢力によって7ヶ月間包囲され、数千発の砲弾により街の70%が破壊され、ユネスコの危機遺産リストに載せられました。 1995年に紛争が終結し平和が戻ると、市民は直ちに街の再建に取り組みました。屋根瓦も昔と同じ色・形のものを造りましたが、よく見ると色が違うのはそのためです。 城壁は高さ25m、厚さ6mで、城壁内で生活すべてが完結するように、完全な都市計画に基づいて造られています。街の背後のスルジ山から水を引いた噴水からは今も綺麗な水が流れ、上下水道も完備で公衆衛生も見事に整備されています。また早くから種痘を採用し、フランシスコ修道院にある薬局は1317年の創業で、ヨーロッパで3番目に古い薬局といわれます。
夏には45日間にわたりドゥブロヴニクサマーフェスティバルが開催され、コンサートや競技会などが行われます。
宮崎駿監督の映画「紅の豚」の舞台となった街でもあります。

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