Home > バルカン半島・東欧 > モンテネグロ

モンテネグロ

2006年に平和裏に独立をしたモンテネグロは、現地名では「ツルナ・ゴーラ」といい、イタリア語・現地語共に「黒い山」という意味で、山に生える松柏の色や、生い茂る木々で山が黒く見えたことなどが由来といわれます。アドリア海岸のビーチだけでなく、力強い山々の景色も楽しめます。また、カトリック、正教、イスラムの3つの宗教、東西文化の境目でもあり、世界遺産コトルなど文化的見どころもあり、小さいながら多彩な魅力のある国です。通貨はユーロが使われています

モンテネグロ共和国 (現地名:ツルナ・ゴーラ)基本情報 | モンテネグロを含むツアー例

面積13,812平方Km(福島県や長野県と同じくらい)
人口62万人
首都ポドゴリツァ(約15万人)
時差日本より8時間遅れ(サマータイム時は7時間)
言語モンテネグロ語・セルビア語・ボスニア語など
宗教セルビア正教・カトリック・イスラム教など
ビザ観光目的で90日以内の滞在ならビザ不要。旅券残存期間が6ヶ月以上あるのが望ましい
気候主に地中海性気候。旅行のベストシーズンは4~10月
その他詳細はこちら

みどころ(観光地情報)| ★=世界遺産 |写真はクリックで拡大します

ポドゴリツァ Podgorica

現在のモンテネグロの首都。街の起源はローマ時代以前に遡りますが、大戦で破壊されてしまったため、町には歴史的建造物はあまり残っていません。観光的なみどころはあまりありませんが、生活するには便利な町で、セルビア・ベオグラードからの国際バスが発着するなど、モンテネグロの交通網の中心でもあります。

ロヴチェン Lovcen

ツェティニェ近郊にある山で、周辺は国立公園に指定されています。ごつごととした岩山の景観は、まるで月面世界かと思えるとの言葉を残した作家もいました。山頂にはエジプトの様な神殿もあります。15世紀、ツェティニェを首都としたツルノエヴィッチ家は、このロヴチェン山に城を造りました。

ツェティニェ Cetinje

海岸から少し奥にある人口約1.5万人ほどの小さな町です。しかし、15世紀後半、オスマン帝国が東から押し寄せるも、海岸沿いをヴェネチア共和国が支配していた為、時の権力者ツルノエヴィッチ一族は、その両者のあいだでバランスを保ち、中間のこの山岳領土と一定の自治を維持して、ここツェティニェを首都と定めました。以後1946年迄の約500年、首都であった故、約2kmのメイン通りには、独自の装飾様式に富んだ数々の大使館などが建ち並び、まるで建築博物館のようです。ツェティニェ修道院には、キリスト教の3つの宝物があります(福音書作家ルカによる聖母マリアのイコン、洗礼者ヨハネの右手、磔刑用十字架の一部)

ドゥルミトゥル国立公園★ Durmitor

標高2,522mのドゥルミトゥル山の周辺に広がる約350平方Kmの国立公園です。その中にあるタラ峡谷は、アメリカのグランドキャニオンに次いで世界2位の長さを誇る渓谷といわれています。ハイキング、ラフティングなどを楽しめます。

ブドヴァ Budva

モンテネグロのアドリア海岸沿いの町でも最も利便性がよく、また、最も古い町です。伝説によると、テベスから追放されたフェニスカ族のアゲノス王が、虚勢牛の馬車と共にやってきて町を創ったとされています。15世紀の城壁に囲まれた旧市街は、規模は小さいながらも中世の雰囲気をよく残しており、そのわきには弧を描いて美しいビーチも続いています。

スヴティ・ステファン Sveti Stefan

ブドヴァの少し南にある島で、本土とは1本の橋で繋がっているのみで、絵になる眺めです。もとは小さな漁村でしたが、一時は共産党幹部の別荘でもあり、1950年代には島全体が1つのホテルになり、2011年夏にはアマンリゾートに生まれ変わりました。様々な財界人、芸能人などが訪れています。

コトル★ Kotor

複雑に入り組んだ海岸線を持つ湾の最も奥にあるコトルは、背後にそびえる険しい山とに囲まれた天然の要害で、高度な海運技術と共に栄えました。町を囲む城壁は合計4.5Kmに及び、高さは20m、厚みは16mもの部分もあったそうです。三角形をした一辺約300mの旧市街の石畳の道はわざとくねくねと曲がっており、数々の中世の建造物がぎっしりと建ち並んでいます。

ヘルツィグ・ノヴィ Herceg Novi

モンテネグロ最西端、クロアチアとの国境近くのある、イタリア語で「新しい城」という意味の町です。湾の入口に位置することから、戦略上の要地として、歴史的にローマやヴェネチア共和国など様々な強国の影響・支配を受けてきました。そのため500m四方の旧市街には、異なる様式の様々な建造物が見られたり、カトリック教会とセルビア正教会が共存していたりします。幾多の戦乱で破壊されずに残った町でもあります。

オストログ修道院 Ostrog

オストログ修道院は、17世紀に、崖のくぼみにへばりつくようにして建てられ、モンテネグロ最大の巡礼地といわれています。

Topへ戻る

モンテネグロを含むツアー例

下記は一例です。このままでご旅行いただくもよし、様々なアレンジを加えて、あなただけのオリジナルなモンテネグロツアーにすることも可能です。

  • 旧ユーゴ全7カ国+アルバニア周遊 14日間

    bih_イメージ01_ユーゴパスポート

    旧ユーゴスラヴィアを構成していた7つの国すべての見どころを、一度で巡ります。「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字からなる1つの国」といわれるユーゴスラヴィアの、モザイク模様を肌で感じることでしょう。さらに独自の路線であったアルバニアも周ります!全行程、専用車での … 続きを読む

  • 旧ユーゴ7カ国周遊 この目で見る歴史の旅 21日間

    yu_yugoslavia_flag

    旧ユーゴスラヴィアを構成していた7つの国すべての見どころを、じっくりと一度で巡ります。7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字からなる1つの国」といわれるユーゴスラビアの、モザイク模様を肌で感じることでしょう。旧ユーゴ、西バルカン地方にご興味がおありの方にオススメのプ … 続きを読む

その他のバルカン・東欧ツアー例はこちら

(注:地名表記等については、弊社の政治的見解によるものではありません。)

Topへ戻る

ご相談・お問い合わせ

  

モンテネグロ日本語ガイドブック

モンテネグロ日本語ガイドブック

モンテネグロ地図
クリックで拡大します

モンテネグロ観光地情報
★=世界遺産

東欧 各国情報

バルカン・東欧ツアー例

関連書籍


facebookでお得情報配信中 世界のおみやげ屋 宅配 トラベルカレンシーカード