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ナゴルノ・カラバフ

ナゴルノ・カラバフ 旗※地名表記等については、弊社の政治的見解・立場によるものではありません※
ナゴルノはロシア語で「山がちな」、「カラバフ」はアゼルバイジャン語(トルコ系)で「黒い果樹園」を意味するように、アゼルバイジャン西部の肥沃な土地です。アルメニア系住民が多いにも関わらず、旧ソ連時代にはアゼルバイジャンの自治州だったため、ナゴルノ・カラバフ戦争やソビエト連邦の崩壊により、1991年に独立を宣言するも、国家承認をしているのはアブハジア、南オセチア、沿ドニエストルといった未承認国家のみで、これら3地域は「民主主義と民族の権利のための共同体」を結成しています。
国際的にはアゼルバイジャンの領土とされているも、実際はその実効支配が及ばず、訪問するにはアルメニア側からとなります。

ナゴルノ・カラバフ(アルツァフ) 基本情報

面積 114,300平方Km(自称)
人口 約14.8万人
中心都市 ステパナケルト(ハンケンディ)
時差 日本より5時間遅れ(サマータイムなし)
ビザ 観光目的での入域でもビザが必要。現地で取得可能。
このビザがあるとアゼルバイジャンに入国できない(通常は別紙でくれる)。
気候 総じて標高は1,000~2,000mの高地で、気温の変化も大きい。
危険情報 外務省 海外安全ホームページでは、レベル3とされています
その他 wikipedia / 外務報道官談話 / ミンスクグループ

みどころ(観光地情報)|写真はクリックで拡大します

ステパナケルト(ハンケンディ) Stepanakert(Hankendi)

nk_ステパナケルト(ハンケンディ)05_外務省_ここで滞在登録をしますnk_ステパナケルト(ハンケンディ)06_アザタマルティクネル大通り旧ソ連時代に建設されたナゴルノ・カラバフの中心都市ですが、アゼルバイジャン人は戦争により街を追われたため、現在ではアルメニア人が生活をしています。
ビザの取得は入境後この街の役所で可能です。

我らの山像

nk_ステパナケルト(ハンケンディ)01_我らの山像nk_ステパナケルト(ハンケンディ)02_我らの山像現地では単に「お爺さんお婆さん」と呼ばれるこの像は、周囲の山々と住民との調和を象徴したもので、地元では結婚式の写真撮影のメッカともなっています。

シューシ(シューシャ) Shushi(Shusha)

nk_シューシ08_ガザンチェツォツ大聖堂nk_シューシ03ステパナケルトから車で約30分程度南にある街で、古くからこの地方一体におけるアルメニア・アゼルバイジャン双方の文化の中心として栄えると同時に、度々争いの場となってきた町です。
現在は廃墟と再建された建物が混在し、数千人のアルメニア人が生活もしています。

ガンザサル修道院 Gandzasar Monastery

nk_gandzasar01nk_gandzasar02アルメニア語で「宝の山」「丘の上の宝」を意味する、ナゴルノ・カラバフ北部にあるアルメニア正教の修道院で、古くは10世紀に記録に登場しています。
名前の由来通り丘の上に建ち、周りをぐるりと壁に囲まれており、内部にはこの地を支配したハチェン朝歴代の墓があります。

アグダム Agdam(2010年にナゴルノ・カラバフ政府により、街の名前がAknaと変更されました)

nk_アグダム02_モスクからの見渡す限りの廃墟の風景nk_アグダム01ナゴルノ・カラバフ東部にあり、最大人口約5万人のアゼルバイジャン系の住民が多い街でしたが、ナゴルノ・カラバフ戦争により徹底的に破壊され、今やナゴルノ・カラバフ最大の廃墟となっている場所です。
ロンリープラネット(2008年)では、「コーカサスのヒロシマ」とも喩えられています。

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